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2003年10月08日
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甲状腺はのどぼとけの両側に蝶が羽根を広げたような形で存在する内分泌器官で、重さは通常20グラム位しかありません。しかし甲状腺から分泌されるホルモンは細胞の代謝を活発にするなど非常に重要な役割を持っています。甲状腺ホルモンが先天性に欠乏すると成長が遅れ知能障害を引き起こすことが知られています。ここでは成人の甲状腺の病気について機能亢進症と機能低下症を中心に記載します。
甲状腺機能の異常が起こると・・
甲状腺ホルモンが多すぎると暑がりになり、脈が速くなり、食欲はあるのにやせてきます。逆に甲状腺ホルモンが少ないとこれとは逆に寒がりになり、脈は遅く、体全体がむくみっぽくなってきます。以下に甲状腺ホルモンの過剰または不足によってどのような症状があらわれるのかを比較してみましょう。
機能亢進(ホルモン過剰)
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症状
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機能低下(ホルモン不足)
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食欲はあるのにやせてくる
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体重
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体がむくみっぽくなり体重は増える
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体温が上がり、暑がりになる
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体温
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体温が下がり、寒がりになる
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脈が早く動悸がする、不整脈(心房細動)を生ずる
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脈拍
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脈が遅く弱い
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寝つきが悪くなる
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睡眠
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傾眠がち
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落ち着きがなくなる
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精神状態
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抑うつ的になる
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汗ばんでいる
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皮膚・毛髪
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乾燥している・髪や眉が薄くなる
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下痢しやすくなる、便秘がちだった人が便通が良くなった
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便通
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便秘がちになる
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手足が震える・眼が輝いている
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その他
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声がかすれる(太くなる)
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これらのどちらか一方に3つ以上当てはまるものがあったら、甲状腺の病気の可能性があります。
上記の症状は医学生の教科書にも書かれている典型的な症状で、甲状腺機能の亢進または低下がかなり進んだ状態で出現するものです。また、 このような症状が出そろったときには甲状腺ホルモンは明らかな高値または低値になっています。左側の機能亢進症(バセドウ病)のときは症状それぞれがが目立ち易く、また比較的短期間に症状がそろってきますので患者さんも周囲の人も異常と気が付きやすいのですが、動悸・汗かき・寝つきが悪いなどは更年期障害、自律神経失調症などと間違えられ易いのです。なお甲状腺機能亢進症とは甲状腺ホルモンが病的に増加したことによって引き起こされる病態の総称で、その8割がバセドウ病によって生じます。
一方右側の機能低下症のときは症状の内容が、『何となく元気がなくなった』というような目立ちにくい症状で、なおかつこれらの症状がゆっくりと出現するため、病気と気付くのが遅れたりうつ病などの精神疾患と誤診されるおそれもあります。特に機能低下の場合症状の進行が遅く、発病に気づかれにくいのが問題です。
甲状腺機能低下症の早期発見のきっかけは高コレステロール血症
甲状腺ホルモンが減るとコレステロールは増加します。その理由はコレステロールの代謝が遅くなる、つまり消費されにくくなくなるからです。コレステロールの増加は上記のような典型的な症状が出揃う前に現れます。したがって初期のごく軽度の機能低下症はコレステロール上昇をきっかけに発見することができます。コレステロールは職場や地域の健診などで必ず測定されているポピュラーな検査項目ですから、これを契機に発見された方も少なくありません。甲状腺ホルモンの値は血液検査で容易に知ることが出来ます。
当院ではコレステロールが高い方は少なくとも一度は甲状腺ホルモンを検査させていただいています。これまでに甲状腺機能低下症あるいはその原因となる慢性甲状腺炎の患者さんが高コレステロール血症の患者さんの中から10名以上発見されています。
慢性甲状腺炎(橋本病)が機能低下症の最大の原因
甲状腺機能低下症の大部分は慢性甲状腺炎(橋本病)が原因です(ちなみにこの病名は発見者である外科医 橋本 策博士の名をとったもので、日本人の名がつけられた数少ない病名のひとつです)。この病気は自分の甲状腺の組織成分に対して本来出来ない筈の抗体が生じ、そのために甲状腺組織が破壊され、ホルモンが減少します。中年以後の女性に多い病気です。ちょうどこの時期の女性は閉経期にも重なるためコレステロールが高くなりやすいのですが、甲状腺機能低下症の場合、高脂血症のページでも紹介している『スタチン系』の薬を服用してもコレステロールはなかなか下がりません。甲状腺ホルモンを服用すれば正常化させることが出来ます。つまり同じ高コレステロール血症でも治療法が違うのです。慢性甲状腺炎では甲状腺ホルモンは長期間服用しつづける必要がありますが、本来体内に存在するホルモンですから量を間違えない限り副作用はないと考えて差し支えありません。
甲状腺機能亢進症(バセドウ病)を確実に治療するために
甲状腺機能亢進症は先ず第一にメチマゾール(商品名メルカゾール)という薬で治療します。この薬を確実に服用していればほとんどの場合甲状腺ホルモンの分泌が減り、頻脈、動悸、発汗などの症状は治まってきます。しかしすぐに中断すると再発してしまいます。少なくとも数年間は血液中のホルモンを測定しながら服用をつづける必要があります。完治したかどうかを知るにはホルモンの値とともに『甲状腺刺激ホルモン受容体抗体(TRAbまたはTSAb)』を測定します。この抗体は未治療の甲状腺機能亢進症のほとんどの人に認められますが、これが消失すれば治癒したと考えられます。
妊娠とバセドウ病
若い女性に多い病気ですので妊婦さんがこの病気になる場合や、この病気の方が妊娠する場合もあります。その際も甲状腺の治療は必ず続行すべきで、中断すると流早産を起こすなどかえって重大な問題を生ずるといわれています。現在ではメルカゾールなど抗甲状腺剤を服用してもそのために胎児の奇形が増えることはないとの研究結果が出ています。前出のメルカゾールよりもプロピルサイオウラシル(商品名チウラジールまたはプロパシール)の方が乳汁中に分泌されないのでより安全と言われています。
高齢者の甲状腺機能亢進症の問題点
ご高齢の患者さんの場合、脈があまり早くならない、意識障害だけが前景に出る、など甲状腺機能亢進症の典型的な症状が現れにくく、診断しにくい場合があります。甲状腺機能亢進症ではないかという疑いを持つことが重要です。
亜急性甲状腺炎という病気
微熱、前頚部・咽喉の痛み、前頚部(甲状腺)のはれ・痛みなどを生じます。ウイルスが原因で甲状腺に炎症を起こして甲状腺組織が破壊されます。甲状腺ホルモンが血液中に放出されるため一時的に甲状腺機能亢進症の症状を生じます。消炎鎮痛剤やステロイドを短期間投与することがありますが病気は一過性です。甲状腺機能亢進症があってもバセドウ病ではないので治療方針が異なります。
さらに紛らわしい無痛性甲状腺炎という病気
甲状腺に炎症が起こることは亜急性甲状腺炎と同様ですが痛みがありません。一見バセドウ病と非常によく似ていますが、この病気も一過性です。検査所見の特徴は前出の甲状腺刺激ホルモン受容体抗体(TRAbまたはTSAb)が陰性(検出されない)、甲状腺自己抗体が陰性などです。
甲状腺の腫瘍
甲状腺の悪性腫瘍のほとんど大部分(97%)が癌で悪性リンパ腫が3%くらいといわれています。甲状腺の癌の大部分は乳頭腺癌という種類の癌で、40歳以下の女性に多いのですが、比較的成長が遅く、術後の生存率も高く、予後のよい癌です。頚部のリンパ腺に転移して発見されることがあります。
甲状腺疾患の意外な多さ
甲状腺機能の異常は住民健診では3%に認められたという報告があります。最近、高感度の検査法が開発され甲状腺の病気は意外に高頻度であることがわかってきました。先にも述べましたように甲状腺の病気の症状は他の病気と誤られやすかったり、病気そのものに気付きにくい場合もあります。最初に掲げましたような症状のある方はぜひ一度甲状腺の検査をお受けになることをお勧めします。